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宇宙ライター林公代の視点 (21) : もっと光を センサー開発

2017年3月8日 (ハワイ現地時間)

世界一を目指した開発 - 困難な道のり CCD センサ

  HSC の開発は2002年の概念設計から始まり、10 年がかりで行われました。最初に取り組んだのはカメラ部の CCD センサの開発でした。CCD センサの特徴は、まず高感度であること。宇宙の果てから届いた光は逃さず、すべてつかまえる。それから可視光はもちろん、より長い波長である赤外線の感度もあげること。なぜなら遠くの天体から放たれる光は波長が赤いほうにずれるため、遠方天体の観測には赤外線が欠かせないからです。赤外線の感度を高めるには、CCD センサを厚くする必要がありました。

  主焦点カメラの CCD センサも一般に使われているものに比べ約 20 倍の厚さがありましたが、HSC では 100 倍まで厚くし、より高い感度を目指しました。厚くすると大変なのは、CCD センサの材料であるシリコンの層に欠陥が入りやすくなることです。体積がありつつ欠陥のない特殊なセンサの開発を、浜松ホトニクスと共同ですすめました。

  2008年ごろ、一通り CCD センサが完成。すばる望遠鏡主焦点カメラに使われていた米国製 CCD センサと置き換えて、テストが行われました。すると感度が数倍向上。そのまま主焦点カメラには開発したばかりの CCD センサが使われることになりました。このテストは実際の観測日に行われました。「つまり現役の望遠鏡を開発のテストベッド (試験場) として使うことができたわけです。他の望遠鏡ではおそらく許されないと思いますが、すばる望遠鏡の責任者が、我々の実績を信じてリスクを感じながらもやらせてくれた。そのおかげで CCD センサは量産に進むことができました。」(宮崎さん)


検査から搭載、10 年間でもっとも大変だった時期

  2009年からは量産された CCD センサの品質の検査が、国立天文台先端技術センター内のクリーンルームで始まりました。多数の項目を慎重に試験するため、1枚の検査時間は約9時間。1日1枚しかテストができません。厚い CCD センサに少しでも欠陥があると「暗電流」と呼ばれる雑音が増えます。暗電流は常温でも発生するため、CCD はマイナス 100 度に冷やす必要があります。真空冷却装置も国立天文台が開発しました。

  2年近くかけて 200 枚を超える CCD センサから、116 枚が選ばれました。それらを直径 50 センチメートルに並べる作業では、さらなる困難が待ち受けていました。

  素子と素子の間に許される隙間はわずか 0.3 ミリメートル。開発リーダーの宮崎さんら3人が1日約8時間×半月、緻密な作業に当たります。ようやく並べ終わり、真空冷却装置に搭載すると CCD センサの一部が破損するまさかの事態。交換して再挑戦しても、また別のところが破損。後に人の手が発する静電気が原因だったことが判明しますが、当時は手探り状態です。壊れた CCD センサを交換する道具を急きょ作り、考えうるあらゆる対策を施す試行錯誤の日々が続きました。そして2011年11月、すべての CCD センサの搭載が完了しました。「HSC 開発 10 年間でもっともきつかった時期」と宮崎さんは振り返ります (図1)。

  「ダークエネルギーの研究のためだけなら、それほど最高性能を求めなくてもよかったのかもしれません。しかし、すばるの初期の観測装置は頑張って作ったからこそ、伸びしろがあり予想を超える発見が続いた。装置を企画した先生方は何に使うか完全に絞り切らず『実現できる一番いいものを』という哲学をもっていたと思います。だから私もその哲学を受け継ぎ、限界に挑戦したかったのです。HSC の伸びしろで予想もしない新しい発見につながったらいいな、という願いもありました。」(宮崎さん)


図1左 図1右

図1: 国立天文台先端技術センター内のクリーンルームで CCD 素子を並べる様子 (左)。真空冷却装置に CCD 素子 116 枚の搭載が終わり安堵する宮崎聡さん (右)。HSC の CCD 素子は真っ黒。光を逃さず吸収すれば真っ黒になるはずであり、感度が高いことがわかる。(クレジット:HSC プロジェクト/国立天文台)


広視野の隅々までシャープに - 補正レンズ

  CCD センサと並んで HSC 開発の要となったのが補正レンズでした。すばる望遠鏡の口径 8.2 メートルの主鏡で反射された光は、15 メートル上にある主焦点に搭載された HSC に導かれます。しかしこの時点では星像はピンボケです。すばる望遠鏡のような反射望遠鏡は、2枚の鏡の組み合わせでシャープな像になるよう設計されているからです (注1)。

  広視野を実現するため焦点距離が短い主焦点に HSC を搭載しますが、星像の広がり (収差 (注2))をおさえ、広い視野の隅々にわたってシャープな像を生むよう補正する必要があります。その役割を担うのが補正レンズです。主鏡が大きいため、補正レンズも大きくなり、設計は大変難しいものでした。開発チームは、初代主焦点カメラの設計に携わったキャノンの元技術者である武士邦雄さんに協力を仰ぎ、課題を解決していきました。

  補正レンズは7枚のレンズで構成されています。7枚のうち2枚は、大気分散補正の用途を兼ねています。大気は色によって屈折率が異なり、青い光ほど曲がり、赤い光ほど曲がらないため、大気を通る間に色ずれが起こってしまいます。その補正には、以前はプリズムが使われていました。HSC ではプリズムの代わりにレンズ2枚を上下方向に動かすことによって、プリズムと同じ働きをさせています。専用のプリズムを搭載する必要がなく、小型軽量化にもつながりました。

  7枚のレンズは最大 84 センチメートルもの直径があり、天文学の世界で誰も作ったことがないほど大きなものでした。その形状も凸面や非球面 (注3)を組み合わせた、非常識な設計です。さらにレンズを包む鏡筒は軽量化のためセラミック製が用いられるなど、最先端の技術を駆使した、世界最高性能の補正レンズ系が実現したのです (図2)。


図2左 図2右

図2: 補正レンズ。7枚のレンズから構成され、全長 2.5 メートル、第1レンズの直径 820 ミリメートル。レンズを覆う鏡筒は軽量化・低熱膨張性のためセラミックで製作。(クレジット:左側 国立天文台・HSC プロジェクト、右側 国立天文台)



(注1) すばる望遠鏡には4つの焦点があります。本来は2枚の鏡で反射して導かれるカセグレン焦点で収差のない像を結ぶように設計されています。

(注2) 収差:レンズの中央から入る光とレンズの端から入る光の焦点がずれることによって、像が広がるなど不完全になること。

(注3) 非球面:球面でないレンズ。収差がないようにレンズのカーブを計算して作るため、複雑なカーブを描く。


ファーストライトまで

  HSC は開発スタートから 10 年後の2012年3月末に開発を終え、ハワイ島に向けて出荷されました。実際に望遠鏡で観測をスタートするまでには、現地で組み立て、望遠鏡本体に取り付け、様々な調整作業や性能試験が必要です。

  HSC 開発と並行して、すばる望遠鏡側でも主鏡の 15 メートル上部に大きな装置を取り付ける準備が進められました。中でも複雑なのは装置取り付けの手順開発。限界まで高い性能を目指した HSC は、現場にも厳しい作業を要求します。たとえば HSC のレンズ鏡筒と、取り付け枠との隙間はわずか 15 ミリメートルしかありませんでした。しかも鏡筒はセラミック製。全長 2.5 メートルの鏡筒をおろす際、枠にぶつけたら破損する危険性があります。望遠鏡のてっぺんという高所で、安全に確実に HSC を搭載するための難易度の高い手順開発と、取り付け作業のリハーサルが繰り返し行われました。

  2012年8月、望遠鏡に無事に HSC が搭載されると、試験観測がスタートしました (図3)。


図3

図3: すばる望遠鏡に搭載され、性能試験観測が行われている HSC。上空にはプレアデス星団 (和名「すばる」) が見えています (クレジット:藤原英明/国立天文台)。


  様々な調整を経て2013年1月、HSC の視野全体に光が入りました。視野の隅々までシャープに像を結べているか (結像性能) は PC 画面上に色で表示されます。結像性能が高いほど青色になります。初期は赤や黄色が表示されていたのに、装置の視野いっぱいに青色が広がったとき、開発リーダーの宮崎さんは「これでただのほら吹きで終わらないで済む」とほっとしたそうです。

  同年7月末にはファーストライト画像を発表。かつて何回も分けて撮像していたアンドロメダ銀河の全体像を1回の撮像でとらえながら、星一つ一つを鮮明に映し出した画像は HSC の威力を物語り、世界から驚きと称賛の声が寄せられました (図4)。


図4左 図4右

図4: (左)2013年2月 結像性能を示す色が視野全体で真っ青になった画面。この時点で 0.5 秒角を切りましたが最終的な結像性能は 0.23 秒角という驚異的な高解像度が達成されました。(右) 同じ時期に撮影されたアンドロメダ銀河の生画像。一切補正をしていない状態で、天文学者らが観測現場で見る画像。(クレジット:HSC プロジェクト/国立天文台)



装置を自分たちで開発することの意義

  HSC は、国立天文台の 10 人ほどのスタッフと大学、企業の協力によって開発に成功しました。リーダーの宮崎聡さんは、その功績が高く評価され、2015年度日本天文学会林忠四郎賞を受賞しました (注4)。受賞理由には「天文学の目的を設定して達成するために装置を開発し成果を出す明確な研究姿勢、装置開発で優れた実験家として自ら大きく貢献したこと」と明記されています。そして HSC のために新規開発された CCD センサはその後海外の望遠鏡にも使われるとともに、X 線用に改良した CCD センサは2016年2月に打ち上げられた X 線天文衛星ひとみにも採用されました。

  HSC 開発成功の理由について、宮崎さんは「(初代の) 主焦点カメラを開発し、技術を蓄えている人が国立天文台にいたこと、検査や製造設備が整った先端技術センターがあったこと。チームワークで実現できた。すばる望遠鏡を作る際、開発された技術を蓄積していくと考え、実施した人たちに先見の明があったのだと思う」と話します。

  ガリレオが宇宙を見るために望遠鏡を自作したように、科学者にとって知りたいことを知るために道具を手作りするのは古来、自然なことでした。特に物理学を学んできた宮崎さんは、世の中にない道具を作らないと、新たな発見はできないという強い信念をもっています。その一方で、最近は装置が複雑化、大型化するとともに巨大プロジェクト化し、一天文学者が自ら装置開発を行うことは難しくなっているのも事実です。

  それでもできる限り、物づくりを続ける意味として、宮崎さんは研究の根幹でアドバンテージを持てることをあげます。「大発見につながる宝物は、観測データのノイズに埋もれがちなギリギリのところにある可能性が高い。それを見極める『攻めの解析』をするには、装置の特性を知り尽くさなければならないのです。天文学者と技術者が一緒になって新しいものを作り出すところから、発見や次の新しい研究が生まれます。」


(注4) 林忠四郎賞:日本天文学会で最も大きな賞であり、独創的で分野への貢献が大きな研究業績に対して与えられる。林忠四郎は京都大学の理論物理学者。


今後の目標と課題

  HSC は2014年3月から観測をスタートしています。装置開発を率いた宮崎聡さんが目指した、ダークエネルギーの謎に迫る観測は5年間で 300 夜を投じる「戦略枠」で観測が始まっています。具体的にはダークマターの分布を、全天の 20 分の一の広い領域で調べて「ダークマター地図」を作ることによって、ダークエネルギーの強さや性質を調べようというものです。2015年7月には最初の観測結果が発表されました。HSC の観測によって銀河団規模のダークマターの塊が9つ観測され、別の望遠鏡でこの塊に対応する銀河団が確認されました。「ダークマター地図」の信頼性が確認され、今後のさらに広い領域の観測が期待されます。


図5

図5: HSC で観測された天体画像の一部 (大きさ 14 分角 × 8.5 分角) と、解析で得られたダークマター分布図 (等高線)。画像をクリックすると高解像度の画像が表示されます。背景の銀河のみを表示した画像はこちら
また、観測領域の画像を自由に拡大縮小できるビューアーのカラー版白黒版も公開されています。(クレジット:HSC プロジェクト/国立天文台)


  そして宮崎さんは、HSC を使った新しい観測のアイデアを持っています。「『より広い天域の地図作り』が次のステップと思っています。たとえば米国や日本の重力波望遠鏡で重力波が観測できた場所について、HSC でその領域をパッと観測できるようにしたい。あらかじめその領域を観測しておけば前後で比べられます。」

  未踏の領域を目指し続ける宮崎さんが、今後の課題と感じているのは「人」。すばる望遠鏡の予算が厳しくなり、人員配置にも影響が出始めていることを懸念しています。「HSC の広視野が実現できたのは、数ミリの精度で取り付けるという厳しい作業条件に OK を出してくれた現場の人たちのおかげです。彼らが柔軟に対応してくれるから『攻めの設計』ができる。」装置の多様性や運用の柔軟性はすばるの強みであり、それを支えているのは人です。「人が失われないことが、今後もすばる望遠鏡が長く進化し続けられるかどうかのカギを握ると思います。」(宮崎さん)


(レポート:林公代)



林公代 (はやし きみよ)


  福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

ウェブサイト:http://gravity-zero.jimdo.com





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